傷つきの階段
『都そばの素うどん』
新喜劇に入ったばかりの研究生の頃は、大変でした。朝から発声練習とか体操とかレッスンを受けて、午後からは梅田花月で先輩たちの雑用係です。「あれ買うてきて」「これ買うてきて」と、外によくお遣いにも行ったんですが、その帰りが嫌でしたね。
梅田花月は楽屋が船底って呼ばれてて、地下にあります。当時から私、不細工として一目おかれてたみたいで、階段を降りてくと、たとえば小文枝師匠に「不細工やな〜」と言われ、次にボタン師匠に「お前はカニか」と言われ、順番に顔のことをイジられてました。今なら愛情があると分かるんですが、当時は辛くてね。楽屋の階段を私は『傷つきの階段』と呼んでました。
いつもは仲のいい先輩も、お稽古ごととかになると厳しくなって、引退された園みち子ねえさんに、着物の着付けを泣きながら教わったこともありました。1日中緊張しっぱなしで食欲がなくて、でも食べないと体力が持たないんで、よく利用してたのが梅田花月のすぐ横の、立ち食いの『都そば』です。すぐに出してくれるじゃないですか。お遣いのついでに寄って、毎日、素うどんを食べてました。
ゆっくり食べたいんで、1回、思いきって聞いたんです。「お持ち帰りってできるんですか?」「できますよ」って言われたんで、お初天神に持って行ったことがありました。1人で境内に座って食べた素うどんは忘れられないですね。「もっと頑張らな。でもどうやったらエエんやろ」泣きそうになりながらうどんをすすったあの時の気持ちが、芸人として、私の原点のような気がします。 |